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2017年09月01日

【エッセイ『マリーゴールドの花の香り』2017年8月31日(木)〜個人的メモ・日記〜】


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今年の8月、暑くもなかったお盆が終わって何日かたって、私の家のすぐ近くで昼間からゴジラでも暴れているのか何度も大きな地響きがした。最初は地震かと思ったが、気になって外に出て確かめると、私の家の二軒隣りの家が解体されていた。

そこの家には達磨さんのように太った80代前半のおばあさんが独りで住んでいた。乳母車を押しながら足腰をかばうようにして近くのスーパーへ買い物に行くためにゆっくりと往来を歩いていた姿が印象に残るおばあさんだ。確か60代くらいの痩せてすらっとした娘さんと二人で住んでいたはずなのに、あるときからその娘さんをまったく見かけなくなったので、2年前だったか、「最近、娘さんはお元気ですか?」とたまたま私の家の横ですれ違ったときに私が話しかけたら、「あの子はさ、1年前にさ、あたしが買い物から帰って来たら、心不全で廊下にバタッと倒れててさ、急に亡くなったのよ……」と象のような小さな眼を細くしながら諦めたように笑って教えてくれた。私はそのことを知らずにいたことを詫びた。「なんも、なんも、気にしない気にしない。あんたのお父さんもお母さんもさ、亡くなったしさ、さみしいよね。本当にさみしいよ。あんたもさ、がんばろうね。あたしもさ、がんばるからさ」と逆にそのおばあさんに私は励まされた。
 
5、6年ほど前から見かけて知っていたが、本八戸駅のフードコートでいろんなタイプのおばあさんたちが午後の時間に5、6人集まっておしゃべりをしていて、その中心にそのおばあさんがいて、子どものように楽しそうに声を出して笑っていたことも忘れられない。スーパーに買い物に行き、その帰りにおばあさんたちが毎日のように時間を決めて寄り集まって高齢女子会をやって楽しくおしゃべりをしていたのだろう。
 
そして、おばあさんの家は5日ほどですっかり解体され、更地になった。もしかしたら、あのおばあさんはとうとう足腰を悪くして歩けなくなり、どこかの施設に入ったのだろうと私は思った。それならそれでなんとか元気で長生きしてほしいと私は心から祈った。昨年の冬のときも今年の春のときも乳母車を押しながら足腰をかばうようにしてゆっくりと往来を歩いていた姿を何度か見かけていたので、もっとおばあさんに話しかけておけばよかったとも後悔した……。
 
今日、私の家の裏にマリーゴールドがたくさん咲いていたのに気づいた。裏に住んでいる60代後半のおばさんが咲かせたらしくて、すぐ近くでそのおばさんがほっかむりで庭仕事をしていたので、私は思いきって話しかけた。
 
「このマリーゴールドの色!鮮やかなオレンジで、この花の絵を描こうと思っても、なかなかこの色は絵の具では出ないです!」と前置きのように語っておいてから、解体された家に住んでいたおばあさんのことを尋ねた。その答えを聞いて、私は驚いた。
 
「あそこのおばあさんはね、1年前に亡くなってね、こないだのお盆の頃に一周忌が終わったので、あの家を解体しちゃったのよ。3年前には娘さんが亡くなったんだけどね……他にも八戸に住んでいない息子さんや娘さんがいて、相談した結果、解体ってことになったらしいのよ。あ〜あ、このへんに昔から住んでいる人は、歳をとって、みんないなくなっていくのね……」
 
まさか、あの乳母車のおばあさんが1年も前に亡くなっていたなんて!
 
昨年の冬のときも今年の春のときも乳母車を押しながら足腰をかばうようにしてゆっくりと往来を歩いていた姿を何度か見かけていたから、なおさら私は信じられないのである。かなり不思議だとしか言えない。
 
マリーゴールドという花はメキシコでは「死者の日」を彩る花であり、祭壇から自宅の玄関までマリーゴールドの花びらを敷き詰め、死者の魂が迷うことなく帰って来られるようにマリーゴールドの花の香りで導くという意味を込めているそうだ。ということは、もしかしたら、鮮やかに咲いているオレンジのマリーゴールドの花の香りが、私の家の周囲を生者と死者とが自由に行き来する空間にしてしまったのだろうか?……今の私はそう考えることにしている。
 
 
 
(最後に乳母車のおばあさんのご冥福を心からお祈りします………)
posted by 大庭れいじ at 02:19| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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