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2015年12月31日

【喪中につき年始のご挨拶をご遠慮申し上げます】

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【喪中につき年始のご挨拶をご遠慮申し上げます】
父・木村克彦(元八戸工業大学教授)が4月7日に80歳で、
母・木村幸(伊吉書院の元社長伊藤文吉とニチエの三女)が7月17日に80歳で、
永眠いたしました。
生前に賜りましたご厚情を深謝いたしますとともに、
皆さまには良い年が訪れますようにお祈りいたします。

平成27年12月31日
大庭れいじ拝




 
・・・・・・・・・・
【2015年最後の日に想うこと】
今年は、4月に父が、7月に母が亡くなりました。
胸が張り裂けました。
正直いって、体も心もバラバラになりました。
昨年から父と母の二人の介護をしていて、
突然襲いかかってきた不幸事でしたので、
私は、まったく心の準備もできないまま、
ただ、ただ、呆然として、目の前で起こっていることを、
息を詰まらせて、眺めているだけでした。
(これは夢だ!これは現実じゃない!)
と、何度も心の中で叫びましたが・・・
夢ではなく、現実そのものでした・・・。
 

本当は父も母もまだまだ生きるはずでした・・・。
まだまだ生きていたいと思っていたはずです。
旅立つ準備もまったくせずに、
家の中もまったく片付けることなくそのままにして、
突然、蒸発したかのように、跡形もなく、最初に父が消え・・・
何ヶ月かたって、母が消えてしまいました。
 

今日の大晦日の夜が、一番、つらいです。
毎年、大晦日の夜には、実家で、
父と母と一緒に、家族そろって、紅白歌合戦を見ながら、
美味しい寿司やカニや鍋料理を食べたりして、年を越したからです。
今年の大晦日は、父も母もいないので、とても寂しいです。
 

今年は、両親だけでなく、
父の実姉である伯母・佐々木久枝(歌人・若菜の会主宰)も7月21日に84歳で亡くなりました。
この伯母は、私が中学2年のときに短歌を教えてくださり、
いつも私を励ましてくださいました。
聴覚障害のため、闇の中で悩んでもがいている思春期の私に、
一筋の光を注いでくださったありがたい伯母であり、短歌の師匠でした。
この伯母なくして、大庭れいじは存在していなかったといえます。
 

さらに、私の短歌の先生である歌人・山根勢五先生も9月20日に89歳で亡くなりました。
私が20代のときに初めて参加した八戸の短歌大会で、
山根先生が私の短歌を一位に選んでくださったときは、
大きな励みになりました。
このとき、初めて出会ったときから、
山根先生は、いつも私の短歌をほめてくださり、
温かい眼差しで私をずっと息子のように見守ってくださいました。
青森県で、二番目に、歌人・大庭れいじの存在を認めてくださった師匠です。(一番目は佐々木久枝伯母です)
 

父・木村克彦・・・
母・木村幸・・・
伯母・佐々木久枝・・・
山根勢五先生・・・
 

今年、私の人生で、大事な、大切な、この4人を失ってしまい・・・
いろいろな複雑な思いが絡み合った大きな喪失感にとらわれてしまい・・・
家に引きこもって自分も死にそうなところまで落ち込んでしまったり・・・
正直、もうFacebookもやめてしまおうとまでも考えましたが・・・
本当に私のことを心から心配してくださる家族や友人たちのあたたかい励ましや応援のおかげで、
少しずつ、なんとか、前向きに、ひたすら夢に向かって、
進んでいこうと思えるようになりました。
 

生前、この4人の前で宣言して約束していたわが人生の夢を叶えるまでは、
絶対に生き延びて、ますます私はがんばっていこうと誓ったのです。
 

今後は、現在50歳の私にとって、第二の人生となります。
 

今年、いろいろとお世話になった方々には、心から感謝申し上げます。
不幸事が起こって落ち込んでいるときに、激励のメールを私にくださった人・・・
わざわざ壁を乗り越えるようにして私に会いに来てくださった人・・・
私に寄り添うようにして笑顔で支えてくださった人・・・
そういう正直で優しい人たちに私は救っていただきました!
本当に、本当に、ありがとうございました!
 

「ラブ&ピース」とは・・・
誰かの心の傷みを自分のように感じられる優しさがあってこそ、
光り輝く言葉だと・・・
今年の私は気づいたのです!
 

大庭れいじは、これから、人生の夢に向かって、まっすぐに進んでいきます!
 

今後ともどうぞよろしくお願いいたします!
 

良いお年を!

posted by 大庭れいじ at 21:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする