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2011年10月25日

大庭れいじデータ(青森県保険医新聞掲載&デーリー東北連載他)

こんにちは。みなさま。最近、あまりブログを更新していないままで、恐縮しています。
けっこう忙しくて・・・それに体調を崩したりで大変だったのです(すみません・汗)。
今年4〜5月の「大庭れいじアート展」でのチャリティ似顔絵で集めた復興支援金を、
青森県保険医協会へと寄付させていただきましたところ・・・
青森県保険医新聞2011年6月1日号に掲載していただいておりました。
遅れてしまいましたが、記録としてアップします。
こうしてわざわざ載せていただいて、感謝です!ありがとうございます!

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そして・・・
2011年9月26、27、28、30日の「デーリー東北」新聞の、
「追想・三浦哲郎とわたし」という連載記事に4回寄稿させていただきました。
魂も心も丸裸になって書かせていただきましたので、かなり恥ずかしいですが・・・。
どうか、お目を通していただけますように!
何か、あなたのココロに、感じられるものがありますように!

「宿命」(2011年9月26日)
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「2人の先輩」(2011年9月27日)
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「告白」(2011年9月28日)
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「メッセージ」(2011年9月30日)
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さらに・・・
この連載を読んでくださった八戸市のS中学校のS先生にお呼ばれして、
10月5日(水)の午後、30人ほどの中学生を前にプチ講演(特別授業)をさせていただきました。
2時間かけてお話させていただき、「三浦哲郎文学入門」という内容になりました。
もう、人生初めての体験なので、ドキドキしまくりでした。
2011年10月8日のデーリー東北に載せていただき、感謝です。
S中学校の生徒さんたち!S先生!いろいろとお世話してくださった先生方!
本当にありがとうございました!

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大庭れいじ情報を・・・
今、発売中の「短歌研究」11月号にも短歌とショートエッセイが掲載されています。
「脳内コレクション」というタイトルで短歌10首です。
それに、とある小説新人賞の2次予選も突破しました。
残念ながら3次予選で落ちましたが、徐々にステップアップしていきます。
まだまだあきらめてはいません。
さらに、これから第一歌集(短歌)「ノーホエア・マン」も発売開始です。
ここまで来られましたのも、みなさまのおかげです。
応援してくださる方がひとりでもいらっしゃるのは大きな励みになります。
これからもよろしくお願いいたします!
大庭れいじはマジにがんばります!(by 大庭れいじ)

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2011年09月29日

ただいま「デーリー東北」に4回連載中です。

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青森県八戸市の地元新聞「デーリー東北」に掲載の、 
特集『追想・三浦哲郎とわたし』にエッセイを4回連載させていただいています。 
9月26、27、28、30日の4回連載で、 
第1回「宿命」、第2回「2人の先輩」、第3回「告白」ときて、 
明日の30日が最終回です。 
三浦哲郎先生は、地元八戸出身で、 
「忍ぶ川」「ユタとふしぎな仲間たち」他を書いた芥川賞作家です。 
昨年の8月にお亡くなりになられたので、その追悼エッセイです。 
よろしかったら、ご覧くだされば、すごくありがたいです。 
よろしくお願いいたします。 
(もしも新聞が手に入らなくて、どうしても読まれたいという方がおりましたら、 
 記事そのもののコピーをここに載せようかと思っていますが・・・汗)
posted by 大庭礼治 at 22:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月11日

ポール・マッカートニーのアートコンテスト!

2011年9月11日(日)・・・
東日本大震災からちょうど半年です。
あらためまして、震災で亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈りいたします。

そして・・・最近の僕のことを・・・
今、海外で、ビートルズのポール・マッカートニーによる、 
アートコンテストが開催されています。 
もちろんビートルズが大好きな自分も参加させていただきました。 
作品を送る締切が日本時間で9月6日(火)の夜2時で・・・ 
その24時間後に、投票が始まりました。 
ツイッターとフェイスブックでの投票で、 
ひとつの作品にひとり2票は投票可能ということです。 
投票終了は、13日(火)の夜中の2時です。 
今のところ、僕は、52票で・・・ 
あと約250票得ると、ベスト50に入るのですが・・・。 
このまま誰にも黙っていようかと思いましたが・・・ 
やれるだけのことはとことんまでやって票を集めてみようと思い立ち、 
ここの日記に書かせていただきました。 
あと2日しかないですが・・・。 
絵を観賞あるいは投票もしてくださる方は、こちらへ・・・。 
http://bit.ly/pebgy9 
今回のコンテストのテーマは、ポール・マッカートニーのアルバム、 
『マッカートニー』&『マッカートニー2』の2枚を聴いて、なのですが、 
ご存知「カミング・アップ」のプロモビデオを観ると、 
コスプレのポールとリンダが何人も出てきて、観ていてすごく楽しくて、 
あの中にこういう日本風ポールとリンダもいたらおもしろかったのに、 
と思って描いたわけです。 
最終的に、ポールの独断と偏見で1位から3位までを選ぶそうです。 
1位のひとは、これから先ポールのコンサートがあれば、 
楽屋までポールに会いに行けるそうで・・・。 
最高票の1位から6位までのひとも、何かもらえるそうです。 
とにかく、がんばります(笑)。

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2011年05月18日

明日5月19日が最終日です!

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東北・八戸復興支援イベントとしての「大庭れいじアート展」!
とうとう明日19日が最終日です! 

期間中、チャリティ似顔絵で東北・八戸復興支援金をいただいていて、 
今日5月18日(水)で94人の似顔絵を描かせていただきました! 

100人突破まで、あと6人! 

昨夜は八戸テレビのニュースとして流れました。 
http://www.htv-net.ne.jp/htv_news.html 
(2011年5月17日の欄) 

今日18日には地元の新聞・東奥日報にも記事が載りました。 

5月2日には地元の新聞・デーリー東北にも記事が載りました。 
http://cgi.daily-tohoku.co.jp/cgi-bin/news/2011/05/02/new1105021602.htm 

5月6日には地元のBe FMラジオでインタビューが流れました。 

今回の大震災で生かされた自分ができること・・・ 
それはアートで東北・八戸のみなさまを明るく照らし、 
似顔絵を描いて東北・八戸のみなさまを元気にしてあげたい、 
という思いだけでした。 


自分ができることを精一杯やるだけです。 

最終日である明日、100人突破できますように!(祈)


posted by 大庭礼治 at 22:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月07日

東北・八戸復興支援イベント!「大庭れいじアート展」開催中!

IMG.jpgこんにちは!大庭れいじ(大庭礼治)です!
みなさん、お元気でお過ごしでしたか?
なんと!2年4ヶ月ぶりのお久しぶりの投稿であります!

今回の東北大震災・・・胸が張り裂けています。

あなたはご無事でしたか?

生かされておりましたか?

この大震災でお亡くなりになられた方々のご冥福を心からお祈りいたします。

家や家族や仕事や何もかも失ってしまった方々のことを想像しますと・・・
いてもたってもいられません・・・。
僕は、命が流されなかっただけ、こんなにありがたいことはないと感謝しています。

僕でできることは何か・・・
そう考えまして・・・

2011年4月26日〜5月19日の期間、
八戸工業大学近くの小さな美術館ミモザで、
「東北・八戸復興支援イベント!大庭れいじアート展」を、
開催させていただいております!

僕のほぼ20年に渡るタマシイの叫びです!
もしも僕が陸前高田や石巻に住んでいたら、すべて流されたであろう作品です!
僕は、アートで、東北を、八戸を、元気にしたいのです!
よろしかったら、ぜひぜひ、ご来場くだされば、すごく嬉しいです!

期間中、僕はなるべく会場にいさせていただき、
(日曜・月曜は休み、午前11時〜午後5時)
チャリティ似顔絵を描かせていただいております!
東北・八戸復興支援金(義援金)を皆さまからいただいております!

僕が声を大にして叫びたいことは・・・

宇宙に愛を!
地球に愛を!
世界に愛を!
日本に愛を!
東北に愛を!
八戸に愛を!

・・・なんです。

愛、って、ひとの傷みを想像して、共有することなんです!

ひとの傷みも想像できない人は、この世界にひとりもいません!

僕の151枚のアートを見ることが、人の傷みをもっともっと想像できる手助けになると信じています。

僕たちは、ひとりではないのです。
ひとりひとりが同じ泉からあふれ出てきた一滴の水なんです。

おかげさまで今まで40人ほどの似顔絵を描かせていただきました!
まだまだがんばります!
どうか、応援よろしくお願いいたします!

http://cgi.daily-tohoku.co.jp/cgi-bin/news/2011/05/02/new1105021602.htm

posted by 大庭礼治 at 22:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月23日

明叔父さんの命日とオバマとウェルカムボード

 

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 今日、1月23日は、僕の叔父、伊藤明氏の命日です。

 20年くらい前に45歳で心不全により亡くなられた叔父さんで、

 生前、ブルース・リーがめっちゃ大好きで、中学生の僕に対して、

「アタタタタタ!」とか「アチョオ〜〜〜!」とか叫んで、

 ブルース・リーの必殺技を会うたびに何度も見せてくれ、

 一回、まともに叔父さんの手刀をお腹にくらって、

 一週間ばかりお腹が痛かったことがありました(涙)。

 おかげで僕もブルース・リーの大ファンになり、

『死亡遊戯』が公開されたとき、あの例の、ブルース・リーが着ていた、

 黄色いトレーニングスーツを怪しい通信販売で買おうかと、

 中学生のときに、近所の郵便局まで行き、

 窓口の前で郵便振替用紙を睨みながら30分ばかり悩んだことがあります。

 でも、当時で7500円もしましたし(映画鑑賞7回分ですね・涙)、

 自分に似合う自信がなかったので(黄色い服なんて1着も持ってなかったですし)、

 結局、郵便振替で送金するのを止めて、買いませんでした。

(代わりにロードショーやスクリーンを買ったり映画を観に行きました。

 ああ!ロードショーが昨年末に廃刊になってしまって悲しいです!)

 とうとう確かめられませんでしたが、叔父さんはきっと、

 あの黄色いスーツを中国人による通信販売か何かで買っていて、

 家の中で興奮しながら着て、当時中学生の従兄を相手に、

 ブルース・リーごっこをやっていたと思われます(汗)。

 というのは、当時、従兄の家に行ったときに、

 黄色い服の洗濯物が干されているのが見えて、

 あれはもしかしたら、と僕は思いましたが、

 自分は買えなかったものですから、悔しくて悔しくて・・・

 だから、なるべく見ても見ない振りで・・・

 ひたすら知らん振りしていたもので・・・(汗)

 

 叔父さんの長男である従兄は、今も、抗ガン剤治療を受けながら、

 転移してしまったガン細胞と戦っています。

 抗ガン剤治療ってかなり高価なもので、一回分で何万円もするとか・・・

 自分を生かすための抗ガン剤を手に入れるために週に何回か警備のアルバイトをして、

 日によってはそのバイトが合わないこともあり(一緒に組む人が変わったりして)、

 よけいに精神的にも肉体的にも疲れるし・・・

 バイトがないときは家でひたすら寝ているとか・・・

 彼が病気になるってことで、神さまはいったい何を伝えようとしているのでしょう?

 僕も従兄も、叔父が亡くなった歳になろうとしています。

 

 伊藤明叔父さんの御冥福を・・・

 いつも、いつも、心からお祈りしております!

 どうか、明叔父さん!

 マサアキちゃんをお見守りくださいますように・・・

 

 昨年入院してしまった僕も、まだ薬漬けでして、

 注腸儀式を一日に2回、朝と夜に行っています。

 錠剤も一日に17個、毎日御飯を食べるように喉の奥へと押し込んでいます。

 薬を服用するのも大事ですが、やはり精神的に前向きになり・・・

 入院させてくれてアリガトウ!

 こんなに薬を飲めてそれで治るなんてアリガトウ!

 大腸ガンになる一歩手前で大腸が見事に治っちゃってアリガトウ!

 入院したときにいろいろと心配してくれる人がいてくれてアリガトウ!

 2009年になっても生かしてくださりアリガトウ!

 文学作品をなんとか生み出す時間を与えてくれてアリガトウ!

 ・・・というふうに、アリガトウ、を心から言えるようになりました。

(なに?ホントかよ?と自分でツッコんでみる・汗)

 

 昨年は、僕にとって、晩年の日々、でありました(太宰治ふうに)。

 

 先日、アメリカに史上初の黒人大統領が誕生しましたね!

 オバマ大統領・・・なかなかいいですね!

 オバマ氏を見ていて、なぜかドキドキするのはなぜでしょう?!

 個人的にビックリしたのは、オバマ氏は44代目の大統領なんですね。

 ええっ? 僕は今年44歳ですぞ!ってシンクロしちゃいました。

 しかも・・・

「私には夢がある。

 いつの日か、かつての奴隷の子たちと、

 かつての奴隷の所有者の子たちが、

 兄弟愛というテーブルで席を共にできることを・・・」

 と語り、アメリカ合衆国における人種差別のために戦い暗殺された・・・

 オバマ大統領も敬愛しているという・・・

 あのマーティン・ルーサー・キング・ジュニア(キング牧師)と、

 僕は同じ誕生日なんですね!(汗)と、これまたシンクロ・・・

 これは、ただのシンクロではない、と僕は妄想しています。

 何かのシンクロが連続して起こっているときこそ、ツイてるそうで・・・

(おみくじの例もありますし・・・他にも・・・)

 差別のために戦おうとすると、

 必ず、それを邪魔したり阻むものが出てきます。

 ああ、僕にも、夢があります。

 自分ひとりのためではなく、

 日陰で困って苦しんでいるだろう誰かのために、

 人生なんてこんなものなんだとあきらめている誰かのために、

 ひび割れた貝殻を背負ったまま彷徨っている誰かのために、

 なんとか自らも周囲も世界もチェンジしたいと思っているのです。

 今のままでは、裸じゃ良くないですよ、と裸の王様に対して口にすれば、

 側近に暗殺されかねない状況なのであります!

(これは大げさかもしれませんが・汗)

 そのために、何をすべきか、

 何をどうすべきか、を入院中に悟ったわけです。

 YES! I CAN!!! です!

 念じれば、叶います!

 夢は、叶うために、あるんです。

 とにかく、僕は、必死にがんばります!

 

 オバマ大統領!あなたの存在がどんなにありがたいことか!

 あなたは僕に勇気をくださいました!

 本当にありがとうございます!

 

 今日のイラストに関して・・・

 昨年12月のことですが、

 八戸のとある若いカップルがここのブログを見てくださり、

 僕が描く絵が大好きになったそうで・・・

「自分たちの結婚式のためのウェルカムボードを描いてください!」

 と僕はお願いされました(マジに大感謝です)。

 僕は、そのコウジさんとアキコさんのために、

 一生懸命、魂と心を込めて描かせていただきました!

 今回、特別にその絵の写真をネットで初公開!です!

 でかいです!A1サイズ(594×841mm)です!

 スキャナでは読み取れない大きさなので、

 出来上がった時点で、晴れた日に外に出して、

 車の横に立てかけて、なんとか写真を撮りました(汗)。

 しかも12月13日の結婚式の披露宴では、

 僕はカメラマンもさせていただき、

 合計で1234枚(汗)も写真を撮らせていただきました!

 今回、僕は自分の絵を買っていただいたということですが、

 人生で初めて、絵が売れた、わけです(汗)。

 むむむ・・・これってマジに嬉しいんです。

 ゴッホも生前1枚しか売れなかったそうで・・・(汗)

 ブログをやっていてよかった〜と思いました(^_^)v

 本当にありがたいことでした。感謝です。

 

 コウジさん!アキコさん!末長くお幸せに!

 ALL YOU NEED IS LOVE.........


 
posted by 大庭礼治 at 22:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月15日

まだまだ44歳(汗)!

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 2009年1月15日。

 この大庭礼治は今日44歳になりました。

 もう44歳でなくて、まだまだ44歳です、のつもり(汗)。

 やれやれ(苦笑)。うむむ(冷汗)。とほほ(笑)。

 ここのブログを更新しないままで年も歳も越してしまいました。

 ああ、なんということか・・・(涙)。

「メリー・クリスマス!」とか、

「あと少しで2008年にお別れ!カウントダウンです!」とか、

「新年あけましておめでとうございます!」とか、

 リアルタイムで記すこともなく・・・むむむ。

 毎日毎日更新されたかどうかをチェックしてくださっている方も多くて、

 この大庭本人でさえもチェックしていなかったのに、

 これまた申し訳なくて、感謝してもしきれません。

 本当に、みなさま、ありがとうございます!

 みなさま!お元気でお過ごしでしたか?

 いつもいつも御自愛くださいますように・・・

 

 昨年入院したことで、僕は神さまの視点になれたような気がします。

 今、思い返してみても、病室のベッドに横になって寝ながら、

 天井を眺めていると、不意に意識がひっくり返って、

 空中に浮かびながら、天井の方から、

 横になっている自分を眺めていることがありました。

 天井からベッドの自分を眺めている自分が本当の自分なのか、

 ベッドから天井の自分を眺めているのが本当の自分なのか、

 わからなくなってきました。

 そのうちに、天井からベッドを見る視点が、神さまの視点だと気づきました。

 困っている人がいたら助けよう!

 がんばっている人がいたら応援してあげよう!

 良くないことを考えている人がいたらなんとか気づかせよう!

 自分がしてもらって嬉しく思うことをどんどん周りにしてあげよう!

 横断歩道を渡ろうとしているおばあさんがいたら、車をとめて渡らせよう!

 心の中が嵐だとしても、なるべく笑顔でいよう!

 こういうことって、子供の頃は、誰でも考えていたはずです。

 小学校の道徳の時間・・・楽しかったです。

 歳をとって、大人になっていくと、そういう考えは薄れていき、

 自分さえよければ、それでいいのだ、というエゴイズムで脳が固まってしまうのです。

 

 44歳になって、神さまの視点であり続けよう、と決心した大庭であります。

 

 黒人初の大統領になるオバマ氏・・・僕は大好きです。

 僕はいつもオバマ氏を見ているともう一人の自分を見ているような気になり、

 大いに励まされるのです。

 スピーチの内容はいつも感動的でカリスマ的ですし、

 なによりも人種差別と戦おうという真剣な姿勢・・・

 自らが人種差別に苦しんできたのもあって、

 歴代の大統領とは明らかに違う何かを背負っていて、 

 ホント、神さまなら絶対にオバマ氏を応援したくなります。

 僕は、八戸のオバマになりたい、って思ってるんです。

 チェンジしないといけないものを、そのままにしてほっとけない、のです。

 八戸のために、という漠然としたマクロ的な意味合いで語るのではなく、

 八戸の何々のために、という具体的でミクロ的な意味合いで語りたいのです。

 森を増やし、森を美しくしたいのなら、

 まずは、どんな木を植えるべきかを真摯に考えるべきです。

 木の選定を間違えると、どんな森になるか、です。

 そのために、今、僕は、力を蓄えています。

 

 今に見ていろ!です(笑)。

 

 2009年になって、2ヶ所の神社に初詣に行きました。

 1ヶ所めの近所にある神社で、おみくじを引きましたら、

 なんと、大吉でした!

 わが人生で初めての大吉です!(マジです!)

 2ヶ所めの神社は八戸の櫛引八幡宮でして、

 そこに行く前、僕はいつもお世話になっているボス的K先生が、

 八戸の小田八幡宮に初詣に行き、人生初の大吉を引かれたというのを知り、

 同じ八幡宮でも櫛引八幡宮に行きました。

 小田に行こうと思ったのですが今まで行ったことがなかったもので(汗)。

 櫛引八幡宮は、亡くなった伊藤明叔父が毎年初詣に行っていたところです。

(その叔父さんの息子が昨年大腸ガンの手術をして今もなんとか通院してがんばっています)

 僕は、お賽銭としていくら用意したらいいかなぁと思い、

 ジーンズのポケットに手を突っ込みました。

 すると、僕の左手は、72円を・・・

 50円玉1枚と10円玉2枚と1円玉2枚をつかんだのです。

 その72円をお賽銭箱に入れて、拝みました。

 そのあとで、おみくじを引いたのですが、

 七福神おみくじという種のもので(200円)、

 中を開けると、おみくじ以外に七福神の七人のうちのどれかの小さなフィギュアが、

 入っていて、シークレットも1種あるそうなので、

 全部で8種類のフィギュアがあり、どれが当たるかわからない楽しいおみくじです。

 僕は、七福神ということで、咄嗟に、毘沙門天が頭に浮かびました。

 ボス的K先生が行かれた小田八幡宮では、

 源義経が持ってきた毘沙門天の像が祀られているというのをネットで知り、

 それで、毘沙門天のことがずっと僕の脳裏から離れていなかったのです。

(出ろ!出ろ!毘沙門天!毘沙門天さまが出たら僕の願いは叶うぜ!)

 と心の中で叫びながら、おみくじを引きましたら・・・

 おみくじナンバー72番で、大吉でした!

 あまりにも信じられないことで・・・鳥肌が立ちました。

 七福神の包みを開けましたら、なんと!金色の毘沙門天が!

 ほんの2センチほどの大きさのフィギュアでしたが、

 8分の1の確率で毘沙門天さまが僕の目の前に御降臨されたのです!

 しかも、72円のお賽銭を入れて、72番のおみくじで、大吉です(汗)。

 7と2を足せば、9、で、今年は2009年・・・

 こんな見事なシンクロニシティーって有りでしょうか?(汗)

 しかも、ダブル大吉です!

 1ヶ所めの神社では、お賽銭はいくら入れたのか、まではもう覚えていなくて、

 人生初の大吉に、ただ、ただ、驚いただけで、

 神社の中にくくりつけてきましたが、

 この72番のおみくじは家に持ち帰りました。

 何度それを読んでも、願いは叶う、とばかり書かれていて・・・

 そのためには僕は必死でがんばらないといけないわけです。

 毘沙門天でいろいろと調べてみましたら・・・

 僕が入院し、僕を助けてくださった病院の住所は、毘沙門平1番地、ですし、

 僕が大好きな太宰治が乗っていた津軽鉄道の駅に「毘沙門駅」というのがあって、

「金木駅」の2つ手前の駅ですし、

 15年くらい前に僕の短歌30首を早稲田文学新人賞候補作品として、

 この世で初めて僕を認めてくださった福島泰樹先生は、

 下谷の法昌寺の住職さまで、このお寺では毘沙門天さまを祀っているのです。

 ということは、僕は毘沙門天さまにずっと守られていたってことですね!

 ずっと、どこかで、毘沙門天さまと御縁があったわけです。

 2009年になって、ようやくそのことに気づいたなんて!!!!

 

 小田八幡宮には、1月7日に拝みに行きました。

 夕方だったので、おみくじは引けませんでしたが(汗)、

 やはり、目に見えない冷気(霊気?)のような何かを感じました。

 人ひとりいなかったのも、ドキドキものでした。

 

 毘沙門天は一言でいえば、戦いの神さまです。

 オバマ氏にも戦いの神さまが確実についていたと思われます。

 昨年入院したおかげで、体調も良くなり、寿命も長くなりましたし、

 今年は、ひたすら、戦うのみ、です。

 自分のために戦うのではなく、

 この八戸のために、

 青森県のために、

 日本のために、

 世界のために、

 戦いたいです。

 この思想って、ジョン・レノンとオノ・ヨーコの思想そのものです。

 僕は、ジョン&ヨーコのように、愛と平和を求めているだけなんです。

 何かのために、誰かのために、戦うってことは、

 いざとなれば、誰にでもできることです。

 これ、かなり、生きていくうえで、大事なことなのです。

 

 昨年退院したとき、退院祝いにと僕に中古のノートパソコンを譲ってくださった、

 とってもありがたい方がいます(本当に感謝です)。

 今ではこのノートパソコンのアイブ(サキ?でなくiBookなもので)ちゃんは、

 完全なる、僕の肉体の一部です。

 バリバリこれで書いて、僕は太宰治を目指します!

 仙台に住んでいる作家の伊坂光太郎が、小説を書くときは、

 自宅から徒歩で20分の所にあるカフェで書いてるそうで、

 それを知って、僕も、時間を見つけて、アイブちゃんを無理矢理(?)連れて、

 八戸市内のどこかで密かに書いています。

 とあるデパートの地下では、年寄りのジイサンバアサンがたむろして、

 コーヒーやお茶を飲んだり、弁当やおにぎりを食ったり、井戸端会議したり、

 テーブルに顔を押しつけて寝たり、砂漠の中の石のように固まったりしています。

 ああ、こういう人たちが過去の八戸を支えてきたのかぁ、と思えば、涙が出ます。

 その涙を、僕は、文章で表したいのです。

 そのデパートの地下って、

 僕の御先祖さまの思いが詰まっている元本屋さんの地下です。

 

 念じるってことは、パワーです。

 僕は、2年前に、両親にハワイ旅行をプレゼントしたいっ!って思っていました。

 いつも両親には苦労をかけているし、申し訳ないと感じていました。

 経済的に余裕がないのですぐに両親にそういう粋な計らいができない自分を、

 なんと情けないことかっ!って恥じて、それでも念じていましたら、

 神さまはいらっしゃるのか、年賀はがきの抽選で1等が当たり、

 2年前、両親はただでハワイに行ったのです。

 

 今年になって僕は携帯を水で濡らして壊してしまいました。

 携帯の中に、タイに行ったときの大事な写真のデータが入っていて、

 それらがみな、オジャンになってしまいました。

 携帯ショップに行き、お願いしてももう無理と言われました。

 それでも、僕はひたすら祈りながら、携帯を乾かしました。

 ドライヤーで乾かしたり、ストーブで乾かしたり、を繰り返し、

 すると、5日後、携帯は見事に復活しました。

 これにもビックリしました。

 奇跡!と思いました! 

 

 神さまは、絶対に、この世にいます!

 

 今、念じながら、一生懸命取り組んでいることがありますが、

 僕はこれに命を賭けています。

 必死でがんばります。

 

 僕は、一口に、44歳になりました、といいますが、

 44歳までみなさまに生かしていただいた、と僕は思っています。

 今まで僕に関わってくださったひとりひとりに感謝の気持ちを述べないといけないです。

 僕に対してプラスの感情もマイナスの感情も与えてくれた方々のひとりひとりに、

 本当に心から感謝です。ありがとうございます!

 

 2009年になって・・・

 誰もが思いやりを・・・

 誰もが優しさを・・・

 誰もが愛の感情を・・・

 昨年以上にたくさん持ってくださいますように・・・

 

 いつも笑顔でいられますように・・・

 

 元旦からわが八戸は断水騒ぎで大変でしたが、これも教訓ですね。

 2009年の初っぱなから教訓を得られたわが八戸はツイてるかもしれません!

 僕も水が簡単に手に入らないことの無念さを十分に知りましたし・・・。

 

 とにかく、この大庭礼治は2009年もがんばります!

 みなさまのひとりひとり・・・

 お互い、必死に、2009年を最高の年にしていきましょう!


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2008年11月12日

エコーダの学生寮と岡田有希子さんを思い出して。

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 更新しないまま(更新できないまま?)、
 時間があっという間に流れてしまい・・・

 なんだか、いろいろと落ち込むことが多過ぎて・・・(涙)

 前向きに歩こうとがんばっていても、
 なかなかスムーズにいかないのが人生でありますね!

 近頃は・・・
 ポール・ニューマンも、
 筑紫哲也さんも、
 お亡くなりになられて・・・(涙) 
 なんだか淋しいです・・・ 
 それに、またまた、峰岸徹さんのことを考えていたら、
 個人的に思い出したことが・・・

 峰岸徹さんといえば、
 やっぱり岡田有希子さんのことを、
 僕は思い出しちゃうんですね・・・
 
 僕は、東京のW大学生時代、
 エコーダ(笑)という町にある、
 H市の学生寮に住んでいました。
 そこの学生寮は、なぜか、
 地元の公立H高出身の学生ばかりで、
 H高出身でないと人間じゃない、
 というふうな極端に異様な雰囲気で・・・
 僕はH高出身でないのに、
 W大の学生だということで、
 イジメにあっていました(涙)。
 彼らとすれば、
「H高を出ても、
 W大に入りたくたって、
 入れないヤツが多いのに、
 なんで私立のKD2高校出身のコイツが、
 W大なんだ?
 俺もW大に入りたかったのに、
 なんでなんだ?」
 という、
 悲しいアホらしい理由で・・・(涙)。
 当時、寮には、
 W大の学生は、僕の他に、
 たったの一人しかいなくて、
 H高出身のその彼に対しては皆、
 極端に言えば敬礼までするくせに、
 僕に対してだけ、冷酷、なのでした(涙)。
「おまえ、偏差値の低い私立のくせに、
 どうやってW大に入ったんだ?」
 と酔った勢いで僕に面と向かって、
 からんでこられたって、
 どこの高校に行っていようが、
 一生懸命勉強すれば、
 どんな大学でも入れるものと思うのですが(涙)。
 信念あるのみ、です!はい!(汗)
 僕には文学や芸術に対する熱い想いが!
 情熱!希望!パッション!
 があったのです!はい!(=_=;)
 W大に憧れていたのです!はい!
 
 寮にいると、
 挨拶をするときのお辞儀の角度が悪いとか、
 廊下で目が合ったとか合わないとか、
 メシを食うのが遅いとか早いとか、
 風呂に入って背中を流しに来ないとか、
 庭の草むしりを真面目にやらないとか、
 ああ!実にくだらん理由で、
 僕の首根っこをつかんで脅してくる、
 H高出身のお偉い先輩方が、
 4、5人いました・・・(涙)。
 そのたびに、僕は、黙って、逆らうこともせず、
「すみません」「ごめんなさい」を、
 繰り返すだけでした・・・
 だから、なるべく、寮の中では、
 どんな人にも顔を合わせないように、
 まるで忍者のように、
 ときにはゴキブリのように、
 はたまた透明人間のように、
 僕は過ごしていました。
 ササササッ!パッ!と、が基本で(汗)、
 あとは個室の6畳間でひたすら読書してました。
 ドストエフスキー全集を、
 早稲田の古本屋で買ってきて、
 一生懸命読んでいたのもこの時期です。

 僕の隣の部屋には、
 同じ私立高校出身の、
 同い歳のBくんがいて、
 彼は、どちらかといえば、
 わが道を行く、というタイプで、
 僕と似ていたかもしれません。
 彼はW大でない違う私立大学の学生だったので、
 それほど寮の先輩に目をつけられていなかったのです。
 Bくんは、ちょっと何を考えているのかわからない、
 ぼ〜っとしているところもあったからでしょうか、
 どちらかといえば、かなり目立たない雰囲気の人でした。
 いつも、部屋の中で、
 一眼レフカメラばかりいじっていて、
 毎週土曜日曜、あるいは平日のときでも、
 何かのイベントがあれば、
 カメラが入ったでかいデイパックを背負って、
 朝も早くから外に飛び出していきました。
  


 いったい、
 何のイベントでしょう、って?(汗)



 ア、ア、ア・・・
 アイドル歌手、のイベント、
 なんです(涙)。



 Bくんは、
 アイドル歌手大好きで、
 特に、岡田有希子さんの大ファンで、
 彼女の追っかけをしていたのです!
 新曲発売記念のミニライブやら、
 握手会があったり、
 テレビの公開番組があったりすると、
 どこでそういう情報をつかんでくるのやら、
 朝は早くて5時くらいに出かけていき、
 いい席を確保するために、
 前の晩から泊まり込んだりして、
(ときには大学を休んでまで・汗)
 岡田有希子さんの生写真を、
 一度のイベントにつき、
 150枚くらい撮ってくるのです。
(24枚撮りのフィルム5、6本ですね)
 ちょうど岡田有希子さんが、
 歌っているときに、
 たまたま風が吹いてきて、
 スカートがペララッとめくれてしまった瞬間、
 運よく撮れた写真というのが、
 彼にとって最高のベストショットでした(汗)。
(彼女はアンダースコートを着用してましたが)

 文学や芸術に対する情熱を持っている、
 文学オタク&芸術オタクの僕は、
 ここまで好きなアイドル歌手へ情熱を注ぐ、
 彼のようなアイドル歌手オタクが、
 隣の部屋にいるということで、
 同じオタク同士として、
 いつも心強く感じていました。
 
 何度も情熱の証である写真を何百枚も、
 見せてもらっているうちに、
「僕も岡田有希子のイベントを観に行きたい!」
 と僕は彼に口走ってしまいました。
 彼は今までに見せたことのない、
 嬉しそう〜な顔をしました。
 そこで・・・お返しに(笑)・・・
「僕が今、読んでいるドストエフスキーを、
 Bくんも読んでくれたらなぁ・・・汗」
 と、ぼそっと、つぶやいたところ、
 かなり困った表情になりましたが(涙)。

 その何日後かの日曜日、僕は、
 池袋のデパートの屋上で、
 行われた岡田有希子さんの無料イベントへ、
 彼と一緒に観に行きました。
 彼はカメラと三脚と替えのレンズを3、4本、
 肩にぶら下げたデイパックの中に入れ、
 僕は手ぶらのままで・・・
 初めて参加するアイドルのイベント!
 青森県にいると、ほとんど無い機会です。
 午後1時からイベントが始まるとして、
 もう午前9時には、
 池袋のデパートの入口に立っていて、
 午前10時開店と同時に、
 エスカレーターにも乗らず、
 エレベーターにも乗らず、
 ひたすら走り幅跳びで何度も階段を蹴って、
 2階、3階、4階、5階、6階、7階と上がり、
 屋上までBくんの後をひたすら追っていき、
(すごく疲れるんス・・・汗)
 イベント会場での、
 一番前のど真ん中の席をゲットしました。
 他に30人ほどBくんに似たアイドルオタクがいて、
 みんな高価な一眼レフカメラを持ち、
 席取りのために地獄の醜い餓鬼になり、
 あちこちウジャウジャいましたが、
(早い者勝ちで席をゲットするわけです)
 Bくんはそういう餓鬼どもに負けず、
 いい席を確実にとれて、僕は、
 同じH市民として誇りに思いました(笑)。
 文庫本を読んだり大学の宿題をやったりして、
 約3時間待って・・・
 ようやく岡田有希子さん登場!
 登場した瞬間、会場の隅から隅まで埋まった、
 100人以上のファンが、
 一気に立ち上がり、カメラを構え・・・
 フラッシュの光の雨!
(ピカッ!ピカピカ・・・!)
 止むことのないシャッターの連続音!
(パシャパシャ!パシャ!・・・)
「ゆっこゆっこゆっこゆっこ!」と、
 鉢巻きをしてハッピ姿で、
 何度も曲に合わせてリズミカルにやかましく叫ぶ濁声!
 僕にとっては、異次元の世界でした(汗)。
 僕はBくんの隣で目立たないように体を小さくして、
 岡田有希子さんが歌っているのを、
 ただ、ただ、おろおろして、
 覗き見しているだけでした。
 
 岡田有希子さん・・・
 このとき、初めてこの目で、生で見たのです・・・
 今でも思い出せるのですが、
 彼女は、ガラス細工のアイドルそのもの、
 だと感じてしまいました。
 なんとなく無理して、
 アイドルを演じているように見えたのです。
 僕は、特別、彼女のファンではなかったので、
 他の熱狂的なファンとは違った冷静な目で、
 観察できたのでしょうか。
 他のアイドル歌手と違うオーラが出ていました。
 岡田有希子さんの『ファースト・デイト』の歌詞の、
「誰にも優しい、
 あなたのことだから・・・♪」
 という最初の方だけ今でも僕は覚えてます(涙)。
 誰にも優しかったのは、
 岡田有希子さんだったのではないでしょうか。
 誰にも優しい、というのは、ある意味、危険です。
 誰に対しても媚びている、
 と受け取られることもあるからです。
 だから、岡田有希子さんは、
 あまりにも無理をしてしまい、
 ひたすら追いつめられて、
 ああいう結果になったのだと思うのです。

 しばらくして、
 岡田有希子さんの訃報を夕方のテレビで知り、
 僕は大いに愕然としました。
 あわててBくんの部屋に教えに行ったところ、
 Bくんは、部屋を暗くして、無表情な死人となり、
 なにも答えず、なにも言わず、
 テレビのニュースで流れている、
 笑顔で歌っている岡田有希子さんを、
 じっと見つめているだけでした。
 そして、何日かして発売された写真週刊誌に、
 彼女の遺体写真が載っていました。
 モノクロ写真なので色は想像するしかなかったのですが、
 灰色の路面上でうつ伏せになり、
 ぐったりしている彼女の頭の近くに、
 ぐちゃっとつぶれた豆腐のような何かが転がっていて、
 それを見て、僕はショックを受けました。
 
 その後、Bくんは、なんとか立ち直り、
 違うアイドル歌手の追っかけになりました。
 
 僕は、大学3年になってすぐに学生寮を出て、
 下高井戸のアパートへと引っ越ししました。
 岡田有希子さんが亡くなって、
 そんなに時間がたっていない頃です。
 僕が学生寮から去ってからは、
 もう、Bくんとは、会ったことがないです。
 今、彼がどこで何をやっているのかも知りません。
 もちろん学生寮にいた誰とも会っていません。

 あとで学生寮に関わりのある人から聞いて知った話ですが、
 学生寮にいたあのイジメ先輩たちは、
 田舎から東京に出てきて言葉がろくに通じないし、
 彼女もできないしで、
 ウダウダと寮の中でつるんでいたグループだったそうな(涙)。
 
 学生寮時代・・・僕は、
『罪と罰』のラスコーリニコフ状態だったのだ、
 と今は思っています。
 毎日、何かの理由をつけて自分を殺さないと、
 毎日、どうしても生きていけなかったのです。
 今日、自分を殺せば、
 明日、なんとか生きていける、という状況でした。
 そんな永劫回帰(?)の・・・繰り返しの日々・・・
 苦難の学生寮時代があったからこそ、
 今の自分がある、と思えば、
 あの頃が懐かしくなります。
 昨年だったかに、地元の新聞で読んで知りましたが、
 入寮する学生があまりにも少なくなり、
 H市の学生寮はつぶれてしまったそうです。
 いつか訪れてみたいと思っていた場所が、
 またひとつ、東京から消えてしまいました・・・
 あと100年たてば、
 現在、地球上にいる人の誰もが、
 確実に消えてしまうのですし、
 実際に消える前に、
 自分はいったい何者なのかを、
 しっかりと把握して死ねたら、と思っています。

 僕は、本当は・・・
 とっくに死んでるのかもしれない・・・



 岡田有希子さんと峰岸徹さんの御冥福を・・・
 そして、ポール・ニューマンや、
 筑紫哲也さんやその他の方々の御冥福を・・・
 心からお祈りいたします・・・
 合掌・・・



 
 
 
 

 

 
 
 

posted by 大庭礼治 at 22:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月29日

石田徹也と手塚治虫とブラック・ジャック!!!

081029.jpg

 ここ何日か、4日ばかり・・・
 お休みしてしまいました(汗)。
 僕の胸には、何十年も溜まってきた、
 書きたい想いがありまして・・・
 ここのブログには書けないこともあり、
 ちょっと裏の方で、ちょこちょこっと、
 書かせていただいております。
 裏の方で書かせていただいているものを、
 いつかこの世に堂々と発表いたします!
 乞うご期待!(拍手!汗汗汗!)

 ここ何日か本屋さんに行き、
 いろいろと雑誌を買いました。
 これは絶対オススメ!という2冊を・・・


(1)「美術の窓」11月号
 これはもう!石田徹也特集!
 ということで絶対!買い!です。
 2005年5月23日、
 踏切事故で亡くなった石田徹也、
 という画家の特集号なんです。
 画業たったの13年・・・
 18歳で静岡県焼津から上京し、
 武蔵野美大に入り、
 31歳で亡くなるまでの13年・・・
 踏切事故で亡くなったといわれてますが、
 なんだか自殺っぽいんです・・・(涙)
 悩んだんだろうなぁ・・・(涙)
 絵の世界と現実の世界との狭間で、
 思い切り悩んで悩んで、
 そして、永遠の絵の世界へと、
 還っていってしまったのかなぁと・・・
 自己犠牲の上に表現を成り立たせて、
 彼の絵は驚くべき緻密さで生み出されました。
(スゴいよ!石田徹也さん!マジに!)
 大学1年のときに同棲していた彼女がいましたが、
「一緒にいると幸せ過ぎて絵が描けなくなる」
 と言って彼女と別れてしまい(おいおい、涙)、
 大学時代、絵をひたすら描き続けて、
 美大を出てからは警備のバイトをしながら、
 一心不乱に絵を描き続け・・・
 僕は石田徹也さんみたいな絵を描きたいのです。
 カフカの小説の一場面みたいな世界・・・
 シュールでぶっ飛んでいる幻想の世界・・・
 見てはいけない裏の裏の夢の世界・・・
 見なくてはいけないのに誰も見ようとしない世界・・・
 もう死を覚悟した人間の抜け殻の世界・・・
 石田徹也さんの絵を2年前に初めて見たとき、
 自分が描いたような錯覚に陥りました。
 彼みたいに何もかも捨て去って、
 ひたすら自分の絵を描き、
 ひたすら自分の文学を追求できるか・・・
 それが今の僕の人生のテーマです。  
 石田徹也さんには、なんとか、
 生き続けてほしかったです!
 歳をとるごとに、どういうふうに、
 絵が進化していったか、興味津々でした。
 石田徹也さんが辿ったかもしれない進化を、
 いつか僕が辿ってみたいと思っています。
 

(2)「芸術新潮」11月号
 これまたスゴい特集!
 手塚治虫を知るためのQ&A100!!
 この特集には手塚ファンは誰でも泣けます!
 僕は高校時代に、
 手塚治虫先生に会ったことがあります。
 手塚プロに見学に行き、
 偶然!手塚先生に・・・!(涙)
 アトムとヒゲオヤジを、
 色紙にバッチリ描いてもらいました!
 この話はあとで書こうかなぁと・・・
(すみませんね・・・)


 さて!さて!
 今日は「ブラック・ジャック」を描きました!
 僕もそうですし、僕の周囲にも、
 ブラック・ジャックを必要としているような人が、
 あまりにも多くて・・・
 お祈りを込めて・・・

 ブラック・ジャックよ!どうか奇跡を!

 人生は、無常にも、続いていきます・・・

 ♪オブラディ・オブラダ・・・
 ♪ライフ・ゴーズ・オン・ブラ・・・
 ♪ララ、ハウ・ザ・ライフ・ゴーズ・オン・・・

 

 

posted by 大庭礼治 at 22:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月24日

ジョージ・ハリスン帝国神!

081024.jpg

 ジョージの絵を描いた。

 ジョージ・ハリスン・・・
 元ビートルズのギタリスト・・・
 1943年2月24日に生まれ、
 2001年11月29日に58歳で死去。

 1999年の大晦日に、
 自宅に侵入してきた変質者に、
 ナイフで刺されて重傷を負ってしまい・・・
(確か肺のあたりを刺されたはず・・・
 非常に痛々しい・・・涙)
 このニュースを知り、
 ジョン・レノン射殺のときを思い出し、
 当時、僕はビックリしてオロオロしたが・・・
 なんとかジョージは復活し・・・

 でも、その2年後に、
 肺ガンで死去・・・
 遺体は荼毘に付され、
 ガンジス川に散骨された・・・

 ジョン・レノンが40歳で射殺されたときは、
 本当に大ショックだったが、
 まさかジョージが60歳になる前に、
 亡くなるとは思わなかった・・・

 ジョージのあの屈託のない笑顔が、
 僕は好きだった・・・
 インタビューでのユーモア溢れる答え方が、
 微笑ましくて、好きだった・・・
 ジョージのおかげで学べた人生哲学の、
 数多くの教えが今も僕の胸の内にある・・・

 ジョージにしか歌えない曲の数々・・・
 ジョージにしか生み出せなかった曲の数々・・・

『MY SWEET LORD』........
 マイ・スウィート・ロード・・・
「私の親愛なる神さま・・・
 あなたにお会いしたい・・・
 あなたにお会いしたいんです・・・」
 と、延々と、真摯に、
 ジョージがお祈りしながら歌っている・・・
 聴く人の心に響いてくるこの曲が、
 僕は一番好きです。

 この曲を当時ジョン・レノンが聴いて、
「本当に神さまがいる!って、
 心から信じてしまう曲だよ」
 とめちゃくちゃ感心し・・・

 今、僕の神さまは、
 ジョンであり、
 ジョージである、
 と、信じている・・・
 
 

posted by 大庭礼治 at 22:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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